としばあのおしるこ

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としばあのおしるこ





     としばあのおしるこ



小学生の頃、人見知りが激しく身体の弱い僕はクラスに馴染めずよく学校でいじめられていた。

そんな家に帰っては泣いている僕をいつもとしばあは慰めてくれた。


「ひでちゃんは、いい子じゃき。おばあちゃんは知っとるよ。ほら!としばあとカルタすっと!」


友達のいない僕の遊び相手はいつもとしばあだった。

としばあは昔の遊びを沢山知っており、いつも僕を楽しませてくれた。


「ひでちゃん。ほら出来たっと!としばあ特製のおしるこじゃ!」


僕が泣いて帰ってくると決まってとしばあはこの特製のおしるこをこしらえてくれた。


「わあ!としばあのおしるこ大好きじゃ!」


なんて事のない普通のおしるこなのだが、としばあの作るおしるこは本当に温かく美味しかった。


「さっきまで雨だったのがもうお天道様じゃ!」


おしるこを食べて元気になる僕の顔を見るととしばあは優しく微笑んだ。


僕の父親は単身赴任で普段から家をあけており、母親もまた会社に勤めていたので普段から僕の世話をするのは

としばあだった。


だから僕は大のお婆ちゃんっ子で甘えん坊に育ったのだ。


としばあはいつでも僕の味方で僕をいつも褒めてくれた。

学校のテストで満点を取ると


「ひでちゃんは頭がいい子じゃ!いずれ大物になるに違いないよ。」


「としばあは大げさじゃ、僕は学校でいじめられとる。」


「ええか、ひでちゃん、いじめる子といじめられる子がいるなら絶対いじめられる子の方がええんよ。今はひでちゃんには分からないかもしれんが、ひでちゃんは将来いじめられた事に感謝することになるんよ。」


「いやじゃ!もう僕はいじめられとうない!」


「いつかひでちゃんは強くなる。間違いない、強うなる。そしたら次はひでちゃんがいじめられている子を助けるんじゃ。この世にはいじめられっ子は多いがそれを助ける強さを持った人間は少ない。ひでちゃんはそんな正義の味方になるんよ。」


としばあはそう言って僕を諭した。


その後、小学校を卒業し、僕は中学3年生になっていた。

小学生の頃はいじめられっ子だった僕も成長期で身体が大きくなり、もういじめられるなんて事は無くなっていた。

そして思春期特有の反抗期がやってきた事もあり、以前のように僕はとしばあと一緒に話す事も少なくなった。


それどころか、僕は悪い友達とつるむようになり、その仲間達と一緒に万引きをし見つかり捕まってしまったのである。


警察に連れて行かれた僕を引き取ったのはとしばあだった。


「ひでちゃん・・・。」


としばあは万引きをして捕まった僕にそれ以上何も言わなかった。

内心申し訳ない気持ちで一杯だった僕だったが、何も言わないとしばあに気を大きくさせ、その後も悪い友達との交友は続いていった。


高校2年になり僕は学校に殆ど行かなくなっていた。

家でゴロゴロ漫画を読んだり、同じく学校をサボった友達と遊んだりしていた。


しかし、そんな僕をとしばあは咎める事は無かった。



「ひでちゃ〜〜ん、おしるこ作ったけえ、ばあちゃんと一緒に食べんか?」


部屋にノックもせずにおしるこを持って入ってきたとしばあに僕はいらついてしまった。


「もうおしるこ何かいらん!!勝手に入ってくるな!!」


「そうか・・・ごめんなあ・・・。」


しょんぼりしたとしばあの姿に僕は「しまった」と思ったが、謝るのも何だか恥ずかしくて何も言えなかった。


高校3年生の時に僕はバイク事故を起こした。

アルバイトをして貯めたお金で悪友から安くバイクを買い、山にツーリングへ行った。

度胸試しだ!とスピードを出しカーブへ侵入したが僕は曲がりきれずに転倒し全治三か月の複雑骨折を負い入院してしまったのだ。

幸い他人を怪我させるような事は無かったが、これを聞いた僕の両親は激怒した。


普段仕事で僕の世話をとしばあに任せていたが、高校にもいかずダラダラしている僕に鬱積していたのだ。

遂に今回の事故で堪忍袋の緒が切れたのか


「いい加減にしなさい!学校に行かないのなら働きなさい!これ以上心配させるのはやめて頂戴!」

と母親は僕を叱責した。



僕は気怠そうな表情をしながらそんな母の叱責を右から左へと流していた。


入院生活はとても暇だった。

動けない僕はTVを見るか漫画を見るかくらいしかする事が無かった。

普段つるんでいる悪友くらいは見舞いにきて暇を潰してくれるかなと思ったが、全く来る様子も無かった。



しかし、そんな中としばあだけは毎日僕の見舞いに来てくれた。


「ひでちゃん元気しよるか〜。ちゃんと寝とかんといけんよ。」


いつもこの調子で昼過ぎには現れた。


「もうそんな毎日来なくていいよ。もう大丈夫だから。」


と言ったがとしばあは聞く耳を持たなかった。

そしてとしばあは毎日魔法瓶の水筒を肩にかけ、おしるこを病院に運んできてくれていた。


入院するまでしばらくとしばあのおしるこを食べてはいなかったが、久々に食べるとやっぱり美味かった。


「ひでちゃんは小さい時からこれが好きじゃのう。」


そう言うと顔をほころばせ満足そうにしていた。


入院生活中に出る食事は食べれたものじゃなかったので、このおしるこだけが楽しみだった。

そしてとしばあといると何だか心が落ち着き優しい気持ちになれたのを感じていた。


退院してからはもう僕は悪友とつるむことは無くなっていた。

高校はサボりすぎて退学してしまっていたが、大学受験を僕は目指していた。


殆ど勉強と言うものから離れていた僕は入院中のリハビリ生活よりも、こっちのリハビリの方がとても堪えた。

そしてなによりも僕は東京の某有名私立大学を目指していた。


地方から東京に上京する事を心に決めていたのだ。



僕は一心不乱に勉強した。

毎日のように徹夜が続いていたが不思議と苦では無かった。

新しい知識が身に付いていくのが新鮮だったのだ。


そんな勉強に励む僕にとしばあは良くおしるこを作って持ってきてくれた。


「ひでちゃんは凄いな〜。」

と勉強に励む僕の横顔をよく見つめていた。


「気散るから向こうにいっといて。」


「はいはい」

と言うとおしるこを置いて去って行ったが、すぐにまた僕の部屋に来たりしていた。

としばあは何かに一生懸命になる僕の姿を見て喜んでいたのだと思う。


そして1月、僕は無事志望校に合格する事が出来た。

両親は勿論の事誰よりも喜んでくれたのはとしばあだった。


自分の事のように喜んだとしばあは僕の為に入学式のスーツを買ってくれた。


家に帰ってスーツ姿になった僕を見てとしばあは目を細めて涙した。


「泣き虫だったひでちゃんがえろう見違うた。こない立派になってしもうて。。。」と。


僕も思わず泣いてしまった。

4月には僕は上京する。毎日一緒にいたとしばあとはしばらくお別れだ。

そう思うと突然悲しくなってきてしまったのだ。


中学の時にグレて高校の時には退学までしてしまった僕をとしばあは一度も怒る事は無かった。

としばあは本当に最後まで僕の味方だったのだ。


「としばあ、俺は東京に行くけどたまには手紙を書く。としばあも元気でいてくれ」


そう言うととしばあは更に涙して喜んだ。


東京での一人暮らしは何処か寂しかった。

大学で友達も沢山でき平日から僕の家で飲み明かすなんて事も多かった。

客観的に見ると楽しい大学生生活なのだが、何処か心にポッカリ穴が空いたような気分だった。


そんな時ふと思い出すのはとしばあの事だった。

「としばあ元気にしてるかなあ・・・。」


そんな日々が続いた頃、一通の封筒が届いた。


としばあが倒れたのだ。

としばあは戦時中の人で当時は良く働き、笑顔の絶えない明るい人だったと両親から聞いていた。

身体も強く、としばあが病気をした所なんて今まで見た事がなかった。


だから僕は勝手にとしばあはまだまだ長生きすると思っていたが、もう80を超す年になっていた。


病名は癌だった。

人間の半分はこの癌で亡くなると聞くが何処か自分とは遠い存在のものとして考えていた。

あんなに元気だったとしばあが癌だったなんて信じれなかった。


僕はその手紙を受けてすぐに地元へと帰った。

病院へと向かうととしばあは思ったよりも元気そうに見えた。


「おや〜!ひでちゃん!東京からわざわざ来たんかい!大学は大丈夫なんか!」


とすぐに僕の心配をしていた。


「としばあ・・・びっくりしたよ。大丈夫なのかい?」


「大丈夫じゃ!ほれ見てみてみい!」


と袖を巻くって力こぶを見せてきたが、僕が最後に見た姿よりも少し細くなったとしばあの腕を見て事態は思ったよりも深刻なのだと思った。


「そうか・・・。今は大学は冬休みだから当分はとしばあのお見舞いにこれるよ。」


そう言うと


「ひでちゃんはやっぱり優しい子じゃ。昔から心根の優しい子じゃ。」

と目を細めた。


病院を出て母親にとしばあの病状を聞くと僕は絶望した。


癌は思っていた以上にとしばあの身体を蝕んでいた。


“ステージ4”それは末期癌とされ、既に様々な箇所に転移しているものだった。

医者から伝えられたのは「持って後3ヶ月。治療法がほぼ無い為、癌治療をすると身体の体力を奪ってしまい死期を近づけてしまうでしょう。何も治療は施さず最期の時を一緒に過ごしてあげてください」との事だった。


僕は部屋に閉じこもり泣きに泣いた。

思えばずっと僕はとしばあと一緒だった。小さい頃からずっと。

身体が弱く友達がいない僕はいつもとしばあと遊んだ。カルタ、おはじき、ベイゴマ、将棋。

小さい頃の記憶は殆どがとしばあで占められていた。


そんなとしばあが突然いなくなる。僕にはにわかに受け入れ難い事実だった。

受験に合格してスーツ姿に顔をほころばせていたとしばあ、そんな最近まで元気だった姿が今一度脳内で蘇る。

「畜生!畜生!」と心の中で叫んだ。



それから僕は毎日病院へ通った。

そしてとしばあと色々な話をした。


としばあは戦時中に今の中国、満州へと駆り出されていた。そこでは兵器の部品などが作られる工場が沢山存在し、としばあは若い頃はそこに従事していた。

満州は冬には−30度にものぼる極寒の地である。そんな人も獣も住めないような場所でとしばあは懸命に働いた。

そんな一生懸命で明るいとしばあに惚れた男がいた。それが僕のおじいちゃんだ。


どんな辛い時でも明るく、他人に優しいとしばあに僕のおじいちゃんはゾッコンだったと言う。

それにとしばあは若い時は美人だったのだ。


一度実家にあるアルバムの中に兵隊の姿をしたおじいちゃんの写真を見た事がある。

その写真のおじいちゃんは現在の僕と大体同じくらいの年だったが、僕よりも凛々しく男らしい顔立ちをしていた。


そんなとしばあとおじいちゃんは満州でささやかに愛を育んだ。

二人の仲は当時の工場員達の中でも話題だったと言う。

常にベッタリだったからだ。


しかし、二人の生活は長くは続かなかった。


当時緊迫していた満州軍と関東軍が戦闘を始めた。

そこにおじいちゃんは駆り出されたのだ。


そんなおじいちゃんの安否が心配で心配で眠れぬ夜が続いたとしばあの元に一通の封筒が届いた。

そこには戦死通知と遺留品、そして一通の手紙だった。


その手紙にはこうしたためられていた。


“身、キミト非ズ共心君ト永遠二。(からだはここにはもうありませんが、心は永遠にあなたと一緒です。)


としばあは号泣した。

その身が枯れ果てる程に涙した。

しかし、此の様な悲しみが戦時の日本には星の数程存在していたのだ。

そして、一つだけ喜ばしい出来事があった。


としばあは妊娠していたのだ。

その子供が僕の母親だ。

そしてそのおかげで僕がいるのだ。


こんな昔話をとしばあは病院で沢山話してくれた。

最期の僕ととしばあとの時間は穏やかで緩やかでそして温かかった。


しかし日々日々やせ細り衰弱していくとしばあを見るのは辛く、病院に行くのが怖くなる日もあった。


そして、運命の日は訪れた。

としばあの容態が安定していたので、僕たち家族は久々に皆で食事を楽しんでいた。

すると突然家の電話が鳴った。


母親がそれに出ると青い顔をしてこちらに走ってきた。

「おばあちゃんの容態が急変したみたい。今すぐ病院に行くよ。」


僕はある程度覚悟を決めていたが、やはりその時がきたかと思うと心臓を掴まれたような思いになった。


病院へ駆けつけるとしばあは既に意識は無かった。

医者や看護婦さん達が必死に蘇生を試みていたが、その2時間後にとしばあは息を引き取った。


母は号泣し、それを父が横で慰めていた。

僕は何故か冷静だった。としばあは安らかな顔をして眠っていた。


そしてその後お通夜を済ませ家にいると病院から知らせがあった。

「置き忘れているものがあるみたいなので取りにきて欲しいと。」


お通夜やなどで忙しかった両親は出られないので僕に取りに行くようにと母親が促したので僕は病院へ向かった。

何か母親が置き忘れたのかなと思いながらも、病院へ着いた。


病院へつき、名乗り忘れものを持ってきて貰うと、それを見て涙が流れた。


「ベッドの下に置いてあったんです。どうしてこんなものがあったんでしょう?」

看護師さんがそう言い差し出した。


それはとしばあの魔法瓶だった。

僕が事故で入院していた時毎日この魔法瓶におしるこを入れて持ってきていたのを思い出し更に涙が溢れた。


「ひでちゃんは小さい頃からこれが好きじゃき。」


いつもとしばあは僕の事ばかりを考えてくれていた。僕が喜ぶ顔を見ていつも嬉しそうにしていた。


「としばあ・・・」


病院を出てベンチに腰掛け魔法瓶を開けてみた。


そこには予想通り温かいとしばあのおしるこが入っていた。


コップに注くとまだ寒い2月の空におしるこの蒸気がモワリと漂った。


口に入れたそのおしるこの味はやっぱり昔と変わらない優しいとしばあの味だった。





  


この記事へのコメント

1.  Posted by  名無し   投稿日:2015年01月04日 01:19

なにこれ

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